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愛すべきボクサー犬との思い出

知人のYさんが愛すべき家族「ボクサー犬」との思い出について語ってくれました。

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亡くなってから15年ほどが経ちますが、私が実家住まいだったときに飼っていた一生忘れないボクサー犬について記します。
私の父は外資系の航空会社に勤めており、とてもグローバルな人でした。
そんな父がオーストラリアの友人からボクサー犬を譲り受けることになったのです。
私が中学生くらいのときのことでした。空路だったと思いますが、長い旅の末に実家に生まれたばかりのボクサー犬が到着しました。
子犬でしたがとても興奮していたのを覚えています。
後から知ったことですが血統書付きの由緒ある犬だったそうです。

新しい家族を迎えての生活が始まりました。
子犬の時代が思い出せないくらいにあっという間に成長して大柄な犬になりました。
私は中学生から大学生にかけて、良く散歩に連れ出しましたが色々と苦労することもありました。
私の身体は痩せているほうでさほど屈強でも無かったので、散歩時に引っ張る力がとても強くて制御するのが困難でした。
特に猫を見ると異様に興奮して急に突進を開始するので腕がちぎれそうな思いで引き留めることがしばしばでした。
また、よだれがものすごい量だったのと、体臭がキツめでした。
夏場などは暑いので全身シャンプーなどをよくやりました。

そして、躾け方を何か誤ってしまったのか、お手やお座り、食事のときの待たせる、といったことに対してあまり言うことをきかなくなりました。
そんな状況ですので利口な犬という雰囲気はほとんどありませんでしたが、家族は皆愛情を持って接していたと思います。

私の実家は当時、周囲が山に囲まれており、手つかずの自然が結構残っていました。
そのため、散歩をさせることには困ることがありませんでした。
人が居ないときに離して自由に遊ばせていたのですが失敗したこともあります。

一つには興奮してどんどん山の奥の方に入っていってしまい、幾ら声を上げて呼び戻そうとしても一向に出てきてくれなかったことです。
また、他人の畑に侵入して農作物をほじくり返そうとしたことです。
このときは慌てて叱りつけました。
一番の失敗は同じく離して自由に遊ばせていたときに、山道から降りてきた人のほうに向かっていったことです。
とても犬が嫌いな人だったようで、「畏怖させるとは何事だ!」といったようなことを言われて怒らせてしまいました。
こうした失敗はありましたが、うまくすれば自由に遊ばせることが出来る環境だったのは良かったと思っています。

月日が経つのは早いもので、私が大学を卒業する頃にはすっかり老犬になっていました。
最初から知っていたわけではありませんが、ボクサー犬は寿命がせいぜい10年ほどだとのことで7~8年くらいで急速に老化していったことを覚えています。

以前は凄まじい好奇心とエネルギーで活発に動き回っていたのですが、歳を取ったことで急速に行動量が減ってしまったように思います。
歳を取ってからの散歩で困ったのが、道路の真ん中で排泄をしてしまうことです。
こういったことは若い頃は見受けられず、きちんと指定した場所でやってくれていました。

人間の一生に比べると、犬の一生はとても短いことを実感しました。
私はそのまま大学を卒業して社会人になりましたが、社会人になってからあまりにも仕事が忙しく、平日は全く散歩をしてあげられることが出来ませんでした。
父も妹も働きに出ていたので母が日中の世話を一人でしてくれていました。
亡くなる年の夏が猛暑で、深刻に衰弱をしてしまったことがあり、母が献身的な看病をしたことで何とか夏は乗り越えられたのを覚えています。
結局、その夏を乗り越えた冬に亡くなりましたが、私は仕事があまりに忙しくて死に目に立ち会うこともできませんでした。
会社もペットの死に対する休暇取得には決して理解を示さないような風土でした。

今振り返っても私の人生の中でも人間の家族以外で最高の家族でした。
色々と腕白なところがありましたし、上品さには欠けていましたが、気が弱くてとても心が優しい犬でした。

あの健気な姿は忘れらせませんし、亡くなる直前のあの寂しそうな眼は今でも忘れられません。
そして寿命が短いからこそ、1日1日を大切に接してあげることが必要でした。
死に目にそばに居てやれなかったのは悔やまれますが、今でも私の思い出の中にはあの頃の幾つかのシーンが鮮明に蘇ります。


わんちゃんを飼い続けていました。

幼いころからわんちゃんを飼い続けているSさんのお話です。
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私が幼い頃からうちにはいつもわんちゃんがいました。
今はほとんどダンボ-ルに入った捨て犬は見かけませんね。昔は多かったのです。
公園などで雑種の捨て犬が。

捨て犬を拾ってきてうちで飼ったこともありました。
うちで飼っていたわんちゃんが赤ちゃんをたくさん産み困ったので、当時私はまだ小学生。
何もわからなかったからなのか、わんちゃんを抱き、知らない人の玄関フ-ドの中へ「可愛がってくれますように」と祈りを込め、おいてきたこともありました。
何日か後にまたそのおうちへ行くと無事に飼っていてくれて安心した思い出もあります。

フィラリア症になってしまったわんちゃん、皮膚病になってしまったわんちゃん、心臓肥大になってしまったわんちゃんと数々病気もしてきました。

今でも理由がわからないことがあります。
小学校の頃の私が学校から帰ってきたときに、家の前に大きなトラックが止まっていました。
その中にはうちで飼っていた、大事にしていたわんちゃんがなぜか乗っていました。
あとから聞くと保健所へ行ったそうです。
どうしてあんなに可愛がっていたわんちゃんが、保健所に行かなければいけなかったのか、もう両親が亡くなっているので理由は謎のままなのです。

大人になってからは、妹が飼ったミニチュアダックスのわんちゃんがいました。
一人暮らしをしていた妹は、さみしさのあまりわんちゃんを飼ったそうですが、手に負えなくなったそうで実家に連れてきました。
それからはもうそのわんちゃんは、実家のわんちゃんになっていました。

そのあと何年か後にまた同じダックスで色違いのわんちゃんがやってきました。
妹はまた飼ったのです。そしてまた実家に。
結局実家では私や母親が見ることになりました。
二匹目のダックスは、ミニチュアとは全然思えないほど大きく声も低かったため、最初はなぜかみんな受け入れることが出来ずに、かまってあげることができませんでした。

みんなは一階にいるのにその子は二階。
どうして愛情をかけてあげることができなかったのか、今ではとても可哀想ことをしたと悔やみます。
灯油が入っているスト-ブをひっくり返してしまい、油まみれになってしまったこともありました。
ふと、一階に連れてきてあげたときに父親が仕事から帰ってきて、一番うれしそうに「ワンワン」と尻尾をたくさん振り、飛び跳ねて喜んでいました。

その姿を見た父親は一気に愛情が湧き、それからというもの家族の一員でみんなで一階で過ごす日々になりました。
わんちゃんは、傷口を舐めてくれて治そうとしてくれたり、泣いていたら顔を舐めてくれたり、誰も話を聞いてくれないことをわんちゃんに聞いてもらったり、わんちゃんはいなくてはだめな存在でした。

両親も亡くなり、私が2匹のダックスわんちゃんたちを育てることになりました。

旅行で出かけなければいけないときは友達に来てもらっていました。
写メ-ルを送ってくれましたが、やっぱりちょっと寂しい表情でした。
玄関の方をずっと見ていて帰ってくるのを待っているそうです。
家族の一員が帰ってこないとやっぱりわんちゃんはさみしいし、気になるし、寝れないんでしょう。

1匹目のわんちゃんが心臓肥大になり咳をし始めました。
だんだん弱っていくわんちゃんにもう一匹のわんちゃんがいつも寄り添っていました。最後まで最後まで寄り添っていました。

1匹目のわんちゃんが亡くなったすぐ後にもう一匹のわんちゃんも咳をし始めました。
アレルギ-ではないかと病院で言われましたが、セカンドオピニオンをした時には、一匹目のわんちゃんとほぼ同じ病気でした。
症状も同じく咳をしていました。
つらいのか寝れない日々が続きました。
とってもとっても可愛くて人間の気持ちがわかっている優しいワンちゃんでした。
最後までずっと一緒にいれた私は幸せでした。

友達も見送ってくれる人がたくさん来ました。
みんなに愛されていた、みんなのことも愛していたわんちゃんだったと思います。
わんちゃんは人の心を癒してくれるって、ほんとうですね。


猫は猫だけど猫じゃない猫の猫様

猫様の下僕になった飼い主Tさんのお話です。

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猫らしい猫は
・水が嫌い
・そっけない
・自分が甘えたい時だけ来る
・どこでも爪とぎをする
っていうイメージが強いですよね。

私もそんなイメージが強くて正直猫よりも犬が好きでした。
飼うなら絶対犬じゃないと嫌でした。(猫好きの方ごめんなさい)

でもそんな私も今では猫を飼っています。しかも2匹。
今では私は猫様の下僕です、と言えるくらいのかなりの親バカになりました。

そんな我が家の猫様との出会いは10ヶ月程前です。
この子たちは10匹ほどで捨てられていました。ようやく目が開いたくらいの小さな体で。
10匹のうち8匹はすぐに貰い手が見つかったのですが、残り2匹は見つからずどうしようかと思いました。

乳のみ仔猫を見たこともなかったし、それよりも住んでいた場所がペット禁止だったからです。仕方ないので不動産の方と大家の方に1ヶ月の猶予をいただいて世話をすることになりました。

全くの初経験なのでネット上の情報をかき集めたり本を買ったりして知識を集め毎日世話をしました。
3時間おきのミルクを飲ませるために深夜も起きましたし、自分で排泄できないので濡れたティッシュで排泄させました。
体温調節もできないので湯たんぽを作ったり、体調を崩して連日病院通いもあって本当に手がかかりました。

とても大変だったのですが、なぜか当時は動物保護センターに連れて行くという考えは全く浮かびませんでした。
でも思い浮かばなくてよかったです。後に調べたのですが手のかかる乳のみ仔猫は翌日には殺処分されてしまう事が多いらしいのです。

そんなこんなで1ヶ月世話をすると猫の成長は早いもので少しの高さならジャンプできるようになりました。
体重の増え方も毎日300グラムも増えていき、泣き方も大きくなっていきました。
姉妹でじゃれるようにもなり、名前を呼ぶと走ってくるようにもなりました。
目の前で成長した姿を確認していく度に私の手で大きくなったんだなと思い、そうするともう手放せなくなりました。

この子たちのためにペット可で、走り回れるように広めの物件に急遽引っ越しをしました。
その期間はわずか3週間ほどでした。
猫用トイレや食器、おもちゃを買い集めるのはもちろんのこと、将来大きくなった時のためにジャンプして遊べるように家具の配置を考えました。

出会ってからわずか1ヶ月で私の生活は大きく変わるのと同時にそのときから猫様の下僕になり始めました。
部屋を綺麗にしておくのも冷暖房をつけるのも猫様のためだし、ペットショップでおもちゃを見かけるとつい買い与えてしまうようになりました。

冒頭でも話したような猫のイメージはそのままで飼うことになったのですが、すぐにひっくり返されることになりました。

現在10ヶ月程になるうちの猫様はどうやら私のイメージの猫と違うようで、
・水が好き(水を流すと走ってきて頭をつっこむ)
・常にじっと見てくる(目が合うと体をくねくねさせて触ってアピール)
・四六時中つけまわす(トイレや風呂のときは早く出てきてと鳴き続ける)
・キッチンマットにしか爪とぎしなかった(教えたわけじゃないのに)

他にもトースターを壊したり壁をかじったり、絨毯をむしって破ったりいらずらもまるで犬のようでした。

物心ついたときから甘やかして育ててきたからこうなったのか、よくわかりませんが毎日毎日犬のような猫と暮らしいるせいか私は猫が前よりも好きになりました。

あと少しで1歳になる我が家の猫様ですがまだまだ猫のような猫にはなりそうもありません。
なってほしいようななってほしくないような複雑な気持ちですが、10ヶ月前に出会ってから今まで猫様のおかげで猫も好きになれたのでどんな大人の猫様になろうと一生下僕としてお世話し続けようと思います。


子犬のかわいさと、成犬になったときの愛おしさは少し違う

愛犬との信頼関係を熱く語ってくれたSさん家のお話です。
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私が犬を飼い始めたのは8年前のことです。
犬を飼いたいと思い知り合いのつてを辿って、その犬種を繁殖しているブリーダーさんを紹介してもらい、電話をして現在子犬がいるかどうかを聞いたところ、ちょうど5匹生まれて最後の1匹がまだ飼い主が決まっていないので見に来ますか?と言われました。

希望していたのはトイプードルのブラックかホワイトで、その子犬はブラウンとのことで、希望のカラーではなかったのですが、とりあえず見に行ってみようと思い見学に行くことにしました。
ブリーダーさんのところに病原菌を持ち込むと大変なので、見学当日はペットショップや他のブリーダーには寄らないというのが原則らしいです。

見学に行ってみると、ケージのなかにコロコロした子犬が5匹、まとまってスヤスヤ寝ており、見ているだけで幸せな気持ちになりました。
その中から最後の1匹ちゃんをすくい上げ見せてもらいました。あまりにかわいく、カラーは関係ないからこの子にしようと決め、譲り受けることにしました。
まだ小さかったのでもうちょっと育って、母犬や兄弟犬と十分一緒に過ごさせてから引き取ることになり、その日は帰ることに。
その間にブリーダーさんから子犬の飼育に必要なものを教えてもらい、全て買い揃え、まだ子犬の入っていないケージを見ながら早く来ないかなあと毎日ウキウキしながら過ごしました。
子犬は体調を崩しやすいので、何かあればすぐに行けるように動物病院も調べておきました。

いよいよ子犬が来ることになり、最初は甘噛みしたり、家具をかじったりといたずらばっかりで困ることも多く、もう嫌だと思うこともたくさんありましたが、しつけ教室に通ったりして少しずつ人の指示に従うようになっていってくれました。
8年経った今では、中に小さい人間が入っているのかも・・・と思うぐらい、人の言葉も理解しているような感じです。
苦労して育てたからこそ、今良好な関係を築けていることがとても喜ばしく思います。

犬を飼っているとわかるのですが、犬は思っているよりずっと人の感情に敏感な動物だということを改めて思います。
人が嬉しかったり楽しかったりすると犬もなんだか嬉しくなって尻尾を振ったり駆けまわったりして、人が落ち込んでいたり悲しんでいたりする時は犬も心なしかしょんぼりし、人の傍に寄り添って慰めてくれるようなしぐさをします。
もしくは、飼い主の気を紛らわそうとしているのか、わざとおもちゃを咥えて持ってきて遊んでほしいと甘えてみたり、おかしな行動を取って飼い主を笑わせようとしてくれます。
その姿を見ていると、こんな小さい頭でいろいろ考えているんだなあと思え、一層愛おしくなるものです。

子犬の頃は誰でも抱きしめたくなるような無条件のかわいさというものがありましたが、年を取り一緒に成長してきた過程の中で培われた信頼関係というのは、飼い主と犬の間にしか生まれない、とても強固な絆であると思います。


ペットのフクロモモンガを購入して

フクロモモンガという珍しいペットを飼っている知人のお話です。
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私は最近フクロモモンガを飼うことにしました。
前から目をつけていましたが機会がなく飼うことが出来ませんでした。
私には4人の子供がいますので、犬や猫といったペットはお金がかかってしまうのでフクロモモンガならそんなにお金はかからないだろうと思っていました。
子供たちは犬がほしいと言っていましたが、フクロモモンガの良さを伝えることによって子供たちもフクロモモンガがほしいと言い出しました。
家の近所にあるペットショップを何件か回りましたが、フクロモモンガを売っていたのは当時1件だけでした。
値段はオスとメスね違いました。オスは2万1千円、メスは2万3千円です。

生まれて3か月ほどのフクロモモンガのオスを買いました。
生まれてまだ3か月なので、小さくてとてもかわいかったです。
家に持って帰るときもかなり鳴いていました。
ペットショップの店員さんはさみしがり屋さんとフクロモモンガの事を言っていたので、小さな箱に入れられてさみしさのあまり鳴いていたのかもしれません。
なつくのに1週間位かかりました。

初めはよく噛んできました。まだ子供で小さいのですが、歯も小さかったのでかまれると結構痛いです。
血が出ることもありました。だんだんとかまないようになっていき、現在では甘噛み程度です。

一番上の長男には本当になついていて、長男が名前を呼ぶと寄ってくることがあります。
エサを与えていたのが長男と私だったのですが、私には長男ほどなついていません。
ほかの子にもほとんどなついていなく、一番下の子にはいまだに噛んで来たりしています。
居間でケ-ジに入れて飼っていますが、時間がある時は放し飼いにしています。
居間のスペ-スだけでですが、あちこちに行って困らせる時もあります。
一度食器棚の裏に入ってしまい、なかなか出てこない時もありました。
長男が呼んでもだめっだったので、めんどくさかったのですが食器棚を動かしたこともありました。

エサは初めの1年間位は、粉ミルクとフルーツを与えていました。
ペットショップに粉ミルクが売っています。
朝と晩の2回、粉ミルクを与えていました。結構飲んでくれます。
栄養価も粉ミルクは高いので、健康管理の部分でも粉ミルクは良いと思います。晩にだけリンゴやみかん、いちごといったフルーツを与えています。
フクロモモンガは夜行性なので、ケージにエサを入れて私たちは寝ています。
昼間はほとんど寝ていることが多いですが、子供が遊びたいときは強引に起こしています。
3か月ほど立って、フクロモモンガのオスだけではさみしいかなと思いメスも購入しました。
値段は2万3千円でしたが、同じペットショップで3か月前にオスを購入したことを伝えると1割、割引してもらいました。

メスのフクロモモンガはなかなかなつきません。
寝ているときに動かしたりすると唸り声をあげたりします。いまだにです。ペットショップの店員さんはメスの方が気性が荒いとは言っていました。
初めは捕まえるたびに噛まれていましたが、今は捕まえてもかまれることはありません。
少しは慣れてきましたが、オスのフクロモモンガとは全然違うなと思います。
警戒心が強いというか、臆病と言っても良いと思います。
居間で放し飼いにしているときなどは、子供たちが近くに行くだけで逃げて行ってしまします。

じっとしていると、肩などには乗ってきて匂いをかいでいますが、すぐに飛び降りて行ってしまいます。
少しずつ慣れて行ってほしいなと思っています。
今では2匹のフクロモモンガを飼っていますが、本当にかわいらしいです。

エサを食べる時のしぐさなどは最高です。なついてくれているオスのフクロモモンガは、首の部分を撫でてあげると気持ちよさそうにします。
なつくと我が子のようにかわいく思ってきます。
匂いは多少はありますが、犬や猫よりも全然ましだと思います。
エサもリンゴなどのフルーツなのでそんなにお金がかからないのも魅力の一つです。
フクロモモンガはこれからはやって来そうな動物だと思っていますので、皆さんも飼ってみてはいかかですか。本当に癒されます。


野良猫よりも強かった自慢の「オンドリ」

友人の子供の頃の自慢の雄鶏のお話です。

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近所のおじさんが、「地域の子供達で欲しい子がいたらあげます。」ということで、公園でヒヨコをもらいました。
養鶏場を経営する人がメスのヒヨコだけを手元に残し、オンドリになるであろうヒヨコを処分することになっていたのをもらってきたそうです。

友達も私も可愛いヒヨコに大喜びしてもらいましたが、その頃近所にたむろしていた野良猫やカラスに獲られてしまう事件が多発したものです。

そんな中、たった一羽育った私の鶏は、真っ白な身体に真っ赤なトサカもりりしいものすごく立派なオンドリに成長しました。
朝、日が昇ると大きな声で「コケコッコオオオオオ。」と鳴きます。

花壇を掘り返してミミズを食べ、庭の池で金魚やドジョウを「狩り」、近所の人が感心するくらい立派な鶏に成長したのです。
もちろん花壇を大事にしていた祖父からは「花壇周辺と池は鶏の出入り禁止」措置がとられたことは言うまでもありません。

小学生だった私のランドセルくらいあったでしょうか、名前を呼ぶと庭のどこにいてもあわてて走ってくるくらい懐いていました。
鶏ながら、自分の名前をきちんと覚える彼を私は「頭もいいんだ」と自慢に思っていました。

ここまで大きくなると、野良猫もうっかり手を出すことができません。
あるとき私がいつものように名前を呼ぶと、走ってきた鶏にいきなり猫が飛び掛ったのです。
木の陰に隠れていた猫に気がつかなかった私は、思わず悲鳴をあげました。

ところが鶏自身は落ち着いたものです。
立ち止まると、キッと猫の方を向き、パッと空中に飛び上がると強烈なキックをお見舞いしたのです。
鶏の上から飛び掛って押さえ込めると思っていた猫は、見当がちがってびっくりしたのか頭にまともに蹴りをくらって庭のすみに飛ばされてしまいました。

いきなり怒りの最高点に達した鶏は、なおも追いかけてクチバシでつつく、翼ではたく、などを繰り返します。
「彼」の体重がどのくらいあったかわかりません、子供の私には5キロくらいにも思えるくらいでしたが、本当はもっと軽かったでしょう。
でもランドセルサイズの鳥から攻撃されて、たじろがない猫はいないと思います。

あわてて逃げ出した猫をなおも追いかけようとする鶏を必死で呼び止めたのでした。

もちろん、鶏自身は何事もなかったかのように「おやつ、もらえるの。」といった顔で「コッコッコッコッコ」と甘えた声で鳴きながら歩いてきました。

すぐに抱えて体を調べましたが、怪我もなくケロッとしたものでした。

このことがあってから、今までよりも厳重に猫に警戒していたのですが、野良猫です、どこからでも入ってくるのです。
でもそのたびに鶏に追い掛け回されることが重なったからでしょうか、とうとうパッタリと姿を見なくなりました。

ヒヨコのときにたくさんの兄弟たちと一緒に「いらないヒヨコ(鶏)」として近所に配られた「彼」、こんなになるとは誰も想像していなかったと思います。

羽のツヤもよく・力も強ければ身体も大きい私の鶏は友達の間でも自慢でした。
年配の先生からは「すき焼きにすると美味しいよ」なんてからかわれていましたが、そんなこと考えもつかなかったのです。

数年後に病気で天国に行ってしまうまで、近所の野良猫やカラスの「アンタッチャブル」だった鶏でした。


教訓を生かしてこれからもワンコと一緒に生活します!

お友達Cちゃんのペット事情。

miniature-pinscher

現在、飼っている犬種はミニチュアピンシャーで友人から譲り受けて3年目になりますが、落ち着きがなく、ある程度しつけはしたのですが、性格が災いしてかお座り一つにしてもソワソワしていて、伏せを教えるとお手からお座りから伏せを全部やれば何かをくれると思っているズルい犬です。

Maltese

今から20年ほど前に飼っていた犬はマルチーズでかなり賢い犬でした。
現在は引越してしまい、飼っていた時の家の状況は違うのですが、落ち着きのある犬で、人間の話を理解しようという姿勢がある犬だったので、非常にしつけの面から、生活の面から楽でした。

まず、以前の家は一戸建てではあったのですが、公道から200mほど私道に入った行き止まりに住宅が10件程あったのですが、殆どの家に車がありました。
行き止まりに住んでいる住人は限られた人間でしたので、その住人以外の方が私道に入ってくると普段はめったに吠えない犬だったのですが、吠えまくりました。

人だけではなく、車も同じでエンジンの音で聞き分けているのか、住人以外の車が入ってくると、急いで玄関に行き又吠えるのです。
ただし、常に来ている郵便屋さんや新聞屋さんには吠えません。
又、少々不便な地域でしたので、母や父はたまにタクシーで帰宅したりしていたので、タクシーにも吠えませんでした。
もしかして、誰が帰ってきているのかもわかっていたのかもしれませんが、何かで判断していたのだと思います。
その後、もう一匹ペキニーズを飼いはじめたのですが、愛嬌があって人なつこくて、私は大好きだったのですが、マルチーズの方がずっと先に住んでいる先輩ですので、やはり上下関係は犬同志であったのだと思います。

母に関して先頭にたって抱かれようものなら、ペキニーズに敵対心がむき出しで、あまり仲が良いようには見えませんでした。

母もかなりの親馬鹿で、家のリフォームをした際に子犬一匹が通れる小さな押し開きドアいわゆるペットドアを造り、自由に庭に出入りできるようにしていました。
先輩のマルチーズは庭の外に出れば、私道とはいえ交通量が少ないながらも、車やバイクが入ってくることをきちんと理解していたのですが、後輩のペキニーズはそこまでは理解できずに、たまに私道に出てしまい、その度に母が叱っていたのですが、たまに先輩のマルチーズがペキニーズが外に出たと吠えながら、母に教えてもくれました。

犬でも性格や行動は全く違うので、マルチーズだけならペットドアも良かったのですが、ペキニーズはその後10件程の住宅に住んでいる人の車に轢かれてしまいました。
その時の様子は私は後から聞いただけなのですが、普段はあまり仲がよくなかったワンコ同志ですが、いち早く危険を察して、母に轢かれた事を、もの凄い勢いで吠えて知らせにきたそうです。
急いで外に出た母は去って行った(いわゆるひき逃げ)車の形でどこの家だか判断ができたそうで、急いで病院へ連れていったペキニーズは残念ながら、助かりませんでした。
車も悪いですが、大きくは母が2匹の犬の違いをきちんと把握せずに飼っていた事が原因なので、後日轢かれた事をその家に報告はしましたが、それ以上はこちらも何も言いませんでした。
現在の犬の主人は完全に私ですが、マルチーズの時代は仕事で留守が多い私よりも日中は家にいる母が犬にとっては主人だったのですが、犬好きの方はやはり複数の犬を飼う事も多いので、自分はもし複数飼うなら、きちんと犬の性格にそってしつけをして飼わなければいけない教訓となった悲しい出来事でした。


里親になる経験から学んだこと

ラブラドールメス イエローのカーチャと家族になったWさんのお話。

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先代犬は12歳と3ヶ月で突然亡くなりました。
それからの半年間は私達夫婦にとって、のんびりとしながらも、なにか空虚な生活が続きました。
子どものいない私達夫婦にとって、犬は友達であり子どもでもあったのです。
再び新しい犬を迎え入れようという気持ちになったのは、先代犬の死から数ヶ月後のこと。

今度はブリーダーやペットショップから購入するのではなく、保健所などで保護されている犬や、事情があって飼い犬を手放さざるを得ない犬の里親になろうと決心しました。
インターネット上には、日々保護犬や里親募集がちょっと検索すれば溢れるほど情報が集積しています。
そんな情報を掲載しているサイトをいくつか毎日チェックしていました。
そんなある日私達にぴったりの里親募集が目に飛び込んできました。
それは札幌在住の方で、子どもが犬にアレルギーがあるため手放さなければならない方でした。
犬種はラブラドールのメス。色はイエロー。歳はまだ1歳。そのサイトに掲載されている写真の犬は、目に力のある、ラブラドールにしてはキリリとした印象的な顔をしていました。

我が家で12年間一緒に生活していたのも同じ犬種でしたので、気性や扱い方にかけては私達は充分に熟知しています。
そのあたりの事情を里親を求めているSさんにアピールしました。
Sさんはすぐに私達に里親になってもらいたいという返事を返してきました。
落ち合う日を決め、道東の街から私は車ではるばる札幌へと向かいました。
札幌に着いた翌朝、ホテルの駐車場が受け渡しの場所です。

その駐車場で初めてカーチャと対面しました。私達の新しい家族です。
カーシャはこれから何が起こるか全く分っておらず、初めて会う私達に激しくしっぽを振り喜んでいます。それからが大変でした。
カーシャは突然前の飼い主から引き離され、私達の車に乗せられはるばる500kmの旅をして我が家に連れて行かれたのです。
その道中、車の中でカーチャは吠え続けて止むことがありませんでした。
その頃のカーチャの顔を写真で見ると、とても緊張した顔で、キツイ顔立ちをしていました。

突然家族から切り離されて、全く知らない人達との生活が待っていたのですから、慣れるまで緊張の日々だったのは容易に想像出来ます。
食べ物(私達は手作り食を与えています)、景色、全てが新しい世界で、彼女は一生懸命に適応してくれました。

それから2年が過ぎ去り、カーチャは4歳になりました。
我が家に来たばっかりの頃は、前の飼い主はあまり散歩をさせていなかったようでとても貧相な細い足腰でした。
私は先代犬同様、朝晩しっかりと散歩をさせていると、カーチャは見る見るたくましくなってゆきました。
今では前脚、後ろ脚ともにがっちりと筋肉がつき、まるで闘犬のようなたくましさです。
胴体はきゅっと締まり、あばら骨がはっきり分る細身の体ですので、ちょっとアンバランスかもしれません。
2年経ちすっかり我が家の一員になったカーチャは、顔つきがすっかり穏やかになり、散歩しているときに出合う人達が皆「可愛いイヌですね」と話しかけて来ます。

2年前は道で出合う子供達が「わー、怖い顔の犬」とよく言われていたのと対照的です。
犬の里親になる経験は今回が初めてですが、犬と人間、お互い手探りで親密度を高めるというのはとてもいい経験でした。
生まれも育ちも違うものが家族になるのには時間が必要なんだなと、妻との、カーチャとの生活を思い出して実感いたします。


ひよこがウチにやってきた(*^_^*)

Cさんのひよこちゃんとの楽しい6年です。

piyo
私が小学校一年生の時、近所の夏祭りでの出来事です。
親戚の家で晩御飯を頂いていたら、そこの隣の家の人が来て「道でひよこを拾ったんだけど飼わない?」というのです。
ひよこなんて初めて見た幼い私は大興奮です。黄色くてふわふわで、手に乗せたらくちばしでツンツンしてきて、一瞬で愛しくてたまらなくなりました。
親戚の家では飼えないというので、両親の許可を得て、私がもらって帰りました。

ぴいぴいないていたのでピピちゃんと名付けて、とりあえずは大きめの段ボールに入れておきました。

でも野良猫が狙ってくると困るので、父は「ちゃんとしたのを作らなきゃいけないな?」といって後日、木と金網で小屋を作ってくれました。
その中に備え付けられた止まり木に立つのが、ピピちゃんは大好きでした。

ピピちゃんはぐんぐん成長して大きくなり、薄黄色だった体は赤茶色になりました。
細かった足もだいぶ動物らしくなっています。
とさかが立派だったのでオスだと思い込んでいたら、ある日卵を産んでみんなをビックリさせました。

生みたてほかほかの卵を毎日小屋に取りに行っては、ピピちゃんに手をつつかれたのもいい思い出です。
ピピちゃんはペットショップの餌も大好きだったけれど、貝殻のかけらやミミズも大好物でした。
小屋から出してあげると大好きな砂浴びをして、暖かいのかそのまま眠ってしまいます。
ある日ピピちゃんを外で遊ばせていると見失ってしまい、「もしかして猫におそわれてしまったかもしれない!」と焦って弟とあちこち探していると、裏の家の庭でのんびり砂浴びしていたのでものすごくホッとしました。
犬ほどわかりやすく懐いたりはしませんでしたが、家族に対しては抱っこさせてくれたり警戒しなかったのでちゃんとわかっていたように思います。
こっこっこっと鳴いて家族の後をついていく可愛い姿が、今でも思い出されます。

そんな楽しい日々をくれたピピちゃんでしたが、私が小学校を卒業する頃、年のせいかだんだん元気が無くなってきました。
みんながピピちゃんの様子を見守れるように、最期の一ヶ月ほどは家の中に移動させて過ごしました。
うちのような、なんの知識もなく初めてにわとりを飼う家に貰われてきて、それでもこんなに長生きしてくれて、今まで元気な姿をたくさん見せてくれてありがとうという気持ちでいっぱいでした。
6年以上一緒に過ごして立派な家族の一員だったので、お別れは寂しく辛いものでした。
ピピちゃんの小屋はその後10年くらいはなんとなく壊すことができなくて、ずっとそのままにしてありました。

大人になってから、縁日のひよこ売りではオスしか売っていないという事を知り、ピピちゃんとの出会いは本当にラッキーな出来事だったんだなと思いました。
メスなのにたまたまひよこ鑑別士のチェックをくぐり抜けて、夏祭りの日になぜか道端にいて、親戚の家にたまたまいた私のところにきてくれたピピちゃん。
それから、小屋の掃除などの世話をして、ひよこからにわとりまで育てる、いう体験をさせてくれた両親にも本当に感謝しています。


猫を飼い始めたキッカケ。

H美さんが三毛猫の『タコ』ちゃんとの思い出を語ってくれました。

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昔、実家で飼っていた猫の話です。
猫を飼い始めたキッカケは、小学生だった兄が勝手に猫を貰ってきてしまったからです。
元々、猫を飼いたがっていた兄は、友人と一緒に子猫が産まれた近所のお宅によく遊びに行っていたようです。
学校の帰り道、毎日のように立ち寄り『この子を貰う!』と決めてしまい、家族に何も言わないまま子猫を連れてきてしまいました。

急に連れて来たものですから、家族は皆驚いてしまいました。
『拾ってきたのか?』『何処から連れてきた?』『貰ったならお礼は?』とパニック状態です。

中でも祖父は、『猫は盆栽をイタズラする!』と激怒。返してこい?と怒鳴る怒鳴る。猫が来た喜びよりも、祖父の怒りで兄も私もギャンギャン泣きました。
最終的には『ネズミ退治をしてくれるから』と、祖父が折れて、兄は大喜び。
父と兄が改めて猫を譲ってくれたお宅に挨拶に伺い、無事に猫は家族の一員になりました。

その猫は白地に茶と黒が少しづつ混ざった三毛猫でした。
兄は名前を『チビ』と付け可愛がりました。
何故か祖父も祖母も両親も『タコ』と呼んでいたので私も『タコ』と呼び兄に怒られていました。
何故、猫なのに家族皆が『タコ』と呼んでいたのかは未だに謎です。

この猫が兄と私にとっての初めてのペットです。
私が撫でたり遊んだりしていると、兄が少し怒って猫を連れて行ってしまうので、つまらない思いをしたものです。
『チビ』を飼ったあとは、ずっと我が家には猫がいました。それも三毛猫ばかりです。
祖母が『三毛猫は縁起が良いから』と、言っていた記憶があります。
名前もいつしか『タコ』が定着し、『三毛猫のタコ』がいる家になりました。

実家は田舎で、猫は家と外とを行き来するもの、という認識でしたので、中には帰ってこなくなる猫も居ました。
病気だったり、寿命だったり、事故だったり・・・理由は色々とありますが、猫とはそういうものといった認識が出来上がり、大人になってから完全に家から出さない『家猫』がいることを知り、カルチャーショックを受けました。

何匹も『タコ』はいましたが、やはりそれぞれ性格は全く違い、猫も個性豊かなんだなと知りました。
人間と遊ぶのが大好きな猫もいれば、廊下の陽の当たる場所で寝てばかりの猫もいたり。
中には妙に人間臭い行動をする猫もいました。人間臭いと云うより、自分の事を猫ではなく人間だと思っているのでは?と思えるような猫の行動をよく見かけました。
何やら喋りながら食事をする猫。家族がコタツに居ると、中に入れろと訴える猫。

そのなかでも強烈に記憶に残っているのは、布団の上で仰向けに寝転がり、両手(前足)をバンザイして脚を伸ばして寝ている猫!『寝相が(私と)一緒になってる・・・お前は猫じゃないのか』とボソッとツッコミを入れた母。
つついても起きないどころか寝言?を云う猫が可愛らしくて『お前はもう人間でいいよ~』と日々メロメロになりながら過ごしていました。

今でも実家には猫がいます。残念ながら『タコ』達の子孫ではありませんが、両親に可愛がられ暮らしています。名前は非常に犬っぽい『チャッピー』です。
由来はやはり謎のままです。


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